代替素材で海洋プラスチック問題に挑む:バイオプラスチックの現状と小学校での教え方
はじめに:未来を拓く新しい素材への視点
海洋プラスチック問題は、私たちの地球が直面する喫緊の課題の一つです。この問題への対策として、プラスチックごみの削減やリサイクルの推進が重要であることは広く認識されていますが、近年では、石油由来のプラスチックに代わる「新しい素材」への関心も高まっています。その中でも特に注目されているのが、バイオプラスチックです。
本記事では、小学校の先生方が児童にバイオプラスチックについて教える際の基礎知識と、授業で活用できる具体的な指導ヒントやアイデアを提供いたします。児童たちが、単に代替素材の存在を知るだけでなく、そのメリットと課題を理解し、持続可能な社会を築くための多角的な視点を育むきっかけとなることを目指します。
バイオプラスチックとは何か:基礎知識と現状
バイオプラスチックとは、大きく分けて以下の2つの特性を持つプラスチックの総称です。
- バイオマスプラスチック(植物由来プラスチック): サトウキビやトウモロコシ、植物油などの再生可能な有機資源(バイオマス)を原料として作られるプラスチックです。石油由来プラスチックと比較して、化石資源の消費量削減や、焼却時のCO2排出量削減(カーボンニュートラル)が期待されます。例えば、PLA(ポリ乳酸)やバイオPE(バイオポリエチレン)などがこれに該当します。
- 生分解性プラスチック: 微生物の働きによって、最終的に水と二酸化炭素などに完全に分解されるプラスチックです。環境中に排出された場合に、自然環境下での分解が期待されます。中には、植物由来でありながら生分解性を持つもの(PLAの一部など)や、石油由来でありながら生分解性を持つものもあります。
これらの特性を併せ持つものが理想的ですが、全てのバイオプラスチックが植物由来であり、かつ生分解性を持つわけではない点に注意が必要です。例えば、バイオPEは植物由来ですが、生分解性は持ちません。
バイオプラスチックのメリットと課題
バイオプラスチックは、海洋プラスチック問題を含む環境問題の解決に貢献しうる多くのメリットを持っています。
- メリット:
- 資源の持続可能性: 石油に依存せず、再生可能な植物資源を利用するため、資源枯渇のリスクを低減します。
- 温室効果ガス排出量の削減: 植物が成長過程でCO2を吸収するため、ライフサイクル全体でのCO2排出量削減に寄与します。
- 環境中での分解: 生分解性プラスチックは、特定の環境下で微生物により分解され、自然界への負荷を低減する可能性があります。
しかし、一方で課題も存在します。
- 課題:
- コスト: 製造コストが石油由来プラスチックよりも高価な場合があります。
- 資源競合: 食料と競合する植物資源を用いる場合、食料問題への影響が懸念されます。
- 「生分解性」の誤解: 「生分解性」であっても、分解には特定の温度、湿度、微生物などの条件が必要です。全ての生分解性プラスチックが海洋環境や土壌中で速やかに分解されるわけではないことを理解する必要があります。一般的なコンポスト環境と海洋環境では分解速度が大きく異なります。
- 分別・リサイクルインフラ: 既存のプラスチックとは異なるため、分別やリサイクルのシステム整備が課題となります。不適切な分別は、リサイクルシステム全体に悪影響を及ぼす可能性もあります。
児童への伝え方と授業での実践ヒント
バイオプラスチックは、未来の素材として期待される一方で、その複雑さゆえに児童に正しく伝えることが重要です。
授業導入のアイデア
「もし、使ったプラスチックが土に還るとしたら、どんなことが変わると思う?」といった問いかけから導入し、児童の興味を引きつけます。身近な製品(レジ袋、ストロー、食器など)に使われている代替素材の事例を写真や実物で示すことも有効です。
学年別提案
低学年向け(小学1〜3年生)
- テーマ: 「植物からできたふしぎなプラスチック」
- ポイント:
- 「植物からできるプラスチックがあること」を楽しく伝えることに焦点を当てます。
- 見た目や触り心地を通して、普通のプラスチックとの違いを感じてもらう機会を作ります。
- 「ごみを減らすために、どんなことができるかな?」と、ごみそのものを減らす行動の重要性を継続して伝えます。
- 活動例:
- 「プラスチックビンゴ」:身の回りにあるプラスチック製品(ペットボトル、おもちゃなど)を探し、何に使われているかを知る。
- 植物からできる素材(木、紙など)と比較し、プラスチックの便利さや、新しい素材の可能性について簡単な絵や言葉で表現する。
中学年向け(小学4〜6年生)
- テーマ: 「未来のプラスチックを探る!バイオプラスチックのひみつ」
- ポイント:
- バイオプラスチックの種類があること、そして「植物由来」と「生分解性」が必ずしもセットではないことを丁寧に説明します。
- 「本当に環境にやさしい素材とは何か?」という問いを立て、多角的に考える視点を与えます。
- 生分解の仕組みを、微生物の働きや土に還る様子をイメージしやすいように、図や動画で示します。
- 活動例:
- 比較実験(模擬): 水を入れた容器に「普通のプラスチック片」と「生分解性プラスチック片」を入れ、変化を観察(長期間を要するため、途中経過や結果を写真で示すなど工夫が必要です)。
- ディスカッション: 「植物からできたプラスチックは、どんなところで使ったら一番良いと思う?」
- 情報収集: 身の回りの製品(レジ袋、カトラリーなど)に「バイオマスプラスチック使用」といった表示があるか探し、発表する。
高学年向け(小学4〜6年生、特に高学年)
- テーマ: 「バイオプラスチックは救世主か?持続可能な社会と素材の選択」
- ポイント:
- バイオプラスチックのメリットだけでなく、資源競合や分解条件の課題にも目を向けさせます。
- SDGs(特に目標12「つくる責任 つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」、目標14「海の豊かさを守ろう」)との関連付けを深めます。
- ライフサイクルアセスメント(LCA)の考え方を簡易的に紹介し、製品が作られ、使われ、捨てられるまでの環境負荷全体を捉える重要性を伝えます。
- 活動例:
- 探究学習: 「海洋プラスチック問題を解決する究極の素材を開発しよう」というテーマで、グループごとにアイデアを出し合い、プレゼンテーションを行います。素材の特性、製造方法、利用シーン、環境への影響などを具体的に検討させます。
- 模擬会議: 「新しいバイオプラスチック導入をめぐるメリットとデメリット」をテーマに、企業、消費者、環境保護団体などの立場に分かれて議論する。
- 企業事例研究: 環境に配慮した素材開発に取り組む企業のウェブサイトなどを調べ、技術革新の事例を発表する。
授業で活用できる教材構成のヒント
- 視覚資料の活用: バイオプラスチック製品の写真や、原料となる植物(トウモロコシ、サトウキビなど)のイラスト、微生物が分解する様子の概念図などを提示します。
- データグラフの提示(簡易版): 「石油の使用量を減らせる量」や「CO2の排出量」など、比較可能なデータをシンプルなグラフで示し、視覚的に理解を促します(例:「もし全てのプラスチックがバイオプラスチックに変わったら、石油の使用量はこれくらい減るんだよ」といった表現)。
- キーワードカード: 「バイオマス」「生分解性」「コンポスト」「SDGs」などのキーワードをカードにし、説明とともに掲示することで、理解を助けます。
実践事例:ある小学校での取り組み
ある小学校の高学年の総合学習の時間では、「未来の素材をデザインしよう」というテーマで、児童がチームに分かれて代替素材の可能性を探る学習が行われました。
まず、バイオプラスチックの基礎知識と、そのメリット・課題について授業で学びました。その後、各チームは、海洋プラスチック問題の解決に貢献しそうな新しい素材(例:海藻由来のプラスチック、キノコから作る緩衝材、紙と繊維の複合素材など)を独自に調査・考案しました。
児童たちは、インターネットや図書で情報を収集し、その素材が「どこから作られるのか」「どんな性質を持つのか」「本当に環境にやさしいのか」といった点について深く考察しました。最終的には、それぞれの素材の「製造コスト」「分解性」「耐久性」「普及の可能性」などを踏まえた上で、自分たちの考える「究極の代替素材」をプレゼンテーション形式で発表しました。
この活動を通じて、児童たちは、代替素材の開発は単に新しいものを作るだけでなく、環境、経済、社会の様々な側面を考慮する必要があることを深く学び、多角的な視点から問題解決に取り組む力を育むことができました。
まとめ:多角的な視点で未来を考える力を育む
バイオプラスチックをはじめとする代替素材は、海洋プラスチック問題の解決に向けた重要な選択肢の一つです。しかし、その導入にはメリットと同時に、課題も存在することを児童に正確に伝えることが、持続可能な社会を担う人材を育む上で不可欠であると考えております。
授業を通じて、児童が「すべてが完璧な解決策はない」という現実を受け止めつつも、「何がより良い選択なのか」を自ら考え、判断する力を養うことができるよう、先生方にはぜひ本記事の情報を活用していただきたいと存じます。未来の地球を守るために、賢明な素材の選択と、使い捨て文化からの脱却を目指す意識を育んでいきましょう。